青く錆びた金属と 2

小学生の僕は、上級生のように矢じりや石器を見つけることはできませんでしたが、石器の代わりに僕が拾い上げて持ち帰り眺めていたものは、どうでもいいようなガラクタのようなものだったのでした。

 

いちばんのお気に入りは、陶器のかけらと、青く錆びた小さな金属の筒。

 

陶器のかけらは、今も手元に残っているのですが、青い金属の筒はありません。

 

「山に捨ててきなさい」と親に言われ、山に投げて捨ててしまったからです。

 

 

その後、社会見学で古墳時代の管玉とよばれる装飾品を知ってびっくりしました。

 

山に捨ててしまった、青い金属の管にそっくりな形だったからです。

 

その後、何度も金属の筒を投げた山に出向いては、管玉らしきものを探しましたが見つかりませんでした。

 

大人になった今、青く錆びた金属が管玉だった可能性は極めて低いと思っています。

 

遺跡との時代差があることはもちろんですが、金属でできた管玉があるかどうかも怪しいですし・・・。

 

 

自分の手で捨てて、失くしてしまったものを何度も山に探しに行ったから深く記憶に残っているのでしょうか。

 

青く錆びた金属そのものは失いましたが、青く錆びた金属がきれいだと思った感覚は、今もはっきりと記憶に残っています。

 

失うことは単なるマイナスではないのかも知れません。

 

つづく

 

小学生の頃拾った陶片

@24iro @nijiiro7