青く錆びた金属と 3

古物を扱う仕事をしていると、河井寛次郎氏が残した言葉を思い出します。

「骨董連れてくる、自分連れてくる」

連れて帰ってきた骨董品は、骨董品であると同時に自分自身でもあるのだと言う事です。

子供の頃、僕は矢じりや石器のような立派なものを見つけることができませんでしたが、陶器のかけらと、青く錆びた金属を拾いました。

それらは、やっぱり自分自身なんだと思います。

数十年経った今も、小学生の頃とほとんど同じことをしています。

青く錆びた金属に惹かれ、銅を用いて使ってものを作って生活しています。

 

そして、42歳になった日、自分のために銅でシンプルな道具をこしらえました。

詳しい使い方は、まだ自分にもわかっていません。

それなのに、「これが作りたかった」と思えるものでした。

時間をかけて青く錆びた頃、どこかで誰かに見てもらいたいなと思えたことが嬉しかったです。

 

(少し難しい映画というイメージのパリテキサス。だけどトラビスが騙されて手に入れた土地”テキサス州パリ”も、トラビス自身だと思って観てみると、一見難解だった物語も、いくらかほぐれたように感じられるかも知れません。映画の解釈はさておき、失うことは決してマイナスではないと思えるものが、やはりこの映画の中にも散りばめられています。それらをひとつひとつ拾い上げるようにただ見つめるだけでも十分ではないでしょうか)

 

おしまい