青く錆びた金属と

「いつから古いものが好きなの」と、聞かれることがよくあるので考えてみれば、小学生のころからだったように思います。

まんが日本昔ばなしが好きで、自由研究に茅葺き屋根の家のミニチュアを見よう見まねで作ったこともありました。

登下校の途中で、よくわからないものを拾ってきては部屋に飾っていたのも小学生の頃からです。

そのきっかけは、家からすぐのところにあった”出張遺跡”だったと思っています。

 

出張遺跡は、15000年前の旧石器時代の遺跡で、三重県下では一番古い遺跡だとされています。

遺跡と言っても今は何もない原っぱに、ポツンと史跡看板が立っているだけの広場です。

無言で「ここ遺跡」とアゴで指しているような看板です。

(ここに行くたびに、映画『パリテキサス』の中に出てくるテキサス州のパリ、という名の不毛な土地みたいだなと思います。何もない原っぱに、”for sale”と書かれた看板だけが立っている土地。その場所を騙されて買ったことが、主人公トラビスの家庭の崩壊につながってしまいます。赤いキャップの奥に鈍く光る、深くて湿ったトラビスの眼差しと共に、映画の中で繰り返しインサートされるその土地のイメージを史蹟看板に重ね合わせてしまうのです)

 

広場には何もなかったのですが、地元の公民館には、遺跡から出土した石器、石斧や矢じりなどが展示されていました。

小学生の頃は、上級生が登下校中に矢じりや石器を発見したり、遺跡を身近に感じることができました。

15000年の時空を超えて、当時の人々の暮らしや生活の一部がまだそこいらに残っている、という雄大なロマンに静かに胸が踊りました。

小学生の僕も、上級生のように石器を発見したかったのですが、とうとう見つけずじまいに終わりました。

 

石器の代わりに僕が拾い上げて持ち帰り眺めていたものは、どうでもいいようなガラクタのようなものだったのでした。

いちばんのお気に入りは、陶器のかけらと、青く錆びた小さな金属の筒。

陶器のかけらは、今も手元に残っているのですが、青い金属の筒はありません。

「山に捨ててきなさい」と親に言われ、山に投げて捨ててしまったからです。

 

その後、社会見学で古墳時代の管玉とよばれる装飾品を知ってびっくりしました。

山に捨ててしまった、青い金属の管にそっくりな形だったからです。

その後、何度も金属の筒を投げた山に出向いては、管玉らしきものを探しましたが見つかりませんでした。

大人になった今、青く錆びた金属が管玉だった可能性は極めて低いと思っています。

遺跡との時代差があることはもちろんですが、金属でできた管玉があるかどうかも怪しいですし。

 

自分の手で捨てて、失くしてしまったものを何度も山に探しに行ったから深く記憶に残っているのでしょうか。

青く錆びた金属そのものは失いましたが、青く錆びた金属がきれいだと思った感覚は、今もはっきりと記憶に残っています。

失うことは単なるマイナスではないのかも知れません。

 

古物を扱う仕事をしていると、河井寛次郎氏が残した言葉を思い出します。

「骨董連れてくる、自分連れてくる」

連れて帰ってきた骨董品は、骨董品であると同時に自分自身でもあるのだと言う事です。

子供の頃、僕は矢じりや石器のような立派なものを見つけることができませんでしたが、陶器のかけらと、青く錆びた金属を拾いました。

それらは、やっぱり自分自身なんだと思います。

数十年経った今も、小学生の頃とほとんど同じことをしています。

青く錆びた金属に惹かれ、銅を用いて使ってものを作って生活しています。

 

そして、42歳になった今日、自分のために銅でシンプルな道具をこしらえました。

詳しい使い方は、まだ自分にもわかっていません。

それなのに、「これが作りたかった」と思えるものでした。

時間をかけて青く錆びた頃、どこかで誰かに見てもらいたいなと思えたことが嬉しかったです。

 

(少し難しい映画というイメージのパリテキサス。だけどトラビスが騙されて手に入れた土地”テキサス州パリ”も、トラビス自身だと思って観てみると、一見難解だった物語も、いくらかほぐれたように感じられるかも知れません。映画の解釈はさておき、失うことは決してマイナスではないと思えるものが、やはりこの映画の中にも散りばめられています。それらをひとつひとつ拾い上げるようにただ見つめるだけでも十分ではないでしょうか)

小学生の頃拾った陶片

[テキサス州パリ