きほんのき ある人にとっては

こんな時にも音楽は寄り添ってくれる。

カフェトミヤマのトミヤマさんがオススメの楽曲が今日も心にしみます。

僕もサボっていたブログ更新。

 

先週の金曜日、建築家の米田くんが写真家の中里和人さんとのそのお弟子さんをnijiiroに案内してくれました。

中里さんはお隣多気町出身の写真家で僕も大好きですが、米田くんにとってはとても大切な師であり、米田くんのコアというかおへそみたいな方。

初めてお会いする中里さんは物腰が柔らかく、僕が集めた古物を大切にひとつひとつ見てくださったのが印象的でした。

目の奥の眼光が鋭くて、数々の作品を生み出した眼はこの眼(レンズ)なんだとドキドキしました。

あんなに元気で嬉しそうな米田くんを久々に見た気がします。

(↓僕が店に並べていたガラス湿板(昔の写真ネガ)のシンプルな現像方法についてわかりやすく教えてくださる中里さん。僕なんだかやらしい顔してるなあ:撮影米田氏)

翌日は京都平安蚤の市の特別開催(はじめての2日連続開催)へ出店。

コロナウィルスのこともあり、迷いに迷っての出店でした。

まずまずの初日から、一度三重に帰ってまた翌日車で向かった2日目は思い通りにいかず惨敗でした。

やっぱり商売が下手だなあと思っていた2日目の終わりがけ、出店していた京都のカリスマ古代人さんがいつものように僕たちの元にきてくださり「あんたらはいつも儲かってないなあ」とにこり。

「わしも売れてないけど10万円でタンスこうたんや。見せたろか」というので見せてもらいました。

たんすそのものの良さではなく、戸に施されたゆるーい仏画と穴の空いた裏板がええやろ、と満足気。

売れてない日も、自分が良いと思ったら買う。そのアティチュードになんというか胸が熱くなったのでした。

 

古代人さんのブースからの帰り道、東京の岡本さんのブースに寄って古代人さんがええもん買ってたよ、と言いに行ったら岡本さんの並べたラインナップの中にすごくかっこいい木の大きな鉢を発見。

よく見ると妙でおおらかな直しがしてありました。

聞くと、ニコニコ堂から前に買ったもので、直しは長島さんが施されたということでした。

運命的なものを感じていくらであっても買うしかないと思いました。

売れてなくても、僕も買う、買うてこましたるんや、と。

 

こうしていろんな想いや気持ちが交錯した特別な2日間は終わりました。

本来なら、隣に立っている京セラ美術館もオープンして賑やかになるはずでしたが残念。

4月10日の開催もすでに中止がきまっておりますが、毎度京都ではたくさんの刺激と学びをいただける僕にとっては大切な場であり機会。

次回は5月でしょうか?

1日も早くこれまでの日常が戻ってくることを祈っています。

 

連日悲しいニュースが聞こえ、だんだんと状況が悪くなっていくように感じる毎日ですが、冒頭に書いたように、こういう時に音楽を大切に聴き込んでいる人のレコメンドを聞けることは僕にとってとても救いになります。

カフェトミヤマさんのブログで読んだビルエヴァンスの記事の言葉にハッとしました。

「あなたは(心に)春が来ることを信じなければならない」

なんて素敵な曲のタイトルでしょう。

収集メモ no,77 Bill Evans 『You Must Believe In Spring』

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ジャズ好きのカフェトミヤマさんにとってビルエヴァンスはまさにコア、きほんのきとも言えるものではないかとブログファンとして友人として思います。

 

きほんのき。

自分の中心にあるもの。

 

ある意味正常でない日常のなかで、仕事においても、生活においても基本に立ち返る時かもしれません。

 

ある人にとっては中里和人さんであり、

ある人にとってはビルエヴァンスやニコニコ堂であるわけです。

それがその人となりを形成する大切な生活や仕事の要素、エッセンスになっています。

 

 

ニコニコ堂の長島さんの木の大鉢を撫でながら、なお欠けているこの大鉢の欠けを銅板で直したいなあと考えています。

長島さんの直しと僕の大好きな銅の直しを組み合わせて大切にしたい。

2日目の京都の朝、開館が延期された京セラ美術館の裏から杉本博司さんのスケルトンな茶室だけ拝みに行きました。

本来非日常空間である茶室の現代的演出は今の世界の状況と混じり合ってなお一層非日常的に見えて。

(↓二日目に追加した古物と杉本さんの茶室)