ラン、おとうちゃん、ラン ふりだしにもどるの巻

自己流ランニングの際、自分に課した愚かで忌まわしいルール。

「アップやダウンを一切しない」

その結果、コルセットを巻きながら、バランスボールにまたがって今日も乱文を綴っております。

 

7月からはじめたランニングは暑かった8月も、時間を作っては真夜中でも走ってました。

1日5キロだった走行距離も少しづつ伸ばして、9月には10キロほど無理せず走れるようになりました。

9月から10月の終わり頃になると、少々天気が悪くても毎日走りたいと思うようになっていました。

ただ単調に、決まったペースで淡々と走る、そのことがとても気持ちがいいなあと思っていたのです。

それでもやっぱり、準備運動と走り終わった後のダウンをするのを、まるっきり省略していました。

そればかりか、お酒を軽く飲んだ日も走ってましたし、食後30分くらい休めば走ってもお腹は痛くないから大丈夫だと思っていました。

今思えば、素人が無謀ですね。

故障するに決まっています。

 

走っていると頭の中で色々と考えるものです。

減り始めた体重をよろこんだり、もう少しいいシューズを買いたいと思ったり、気にしないと思っていたタイムがやっぱり気になったり、坂道を人生の上り坂にたとえてしまったり。

なにかしら、意味をこじつけたり意義を見出してしまう自分が嫌だなあと思っていたんです。

 

「走ることに意味を持たせたくない」

 

という偏屈な気持ちがちょっとずつ大きくなっていたなあと思います。

恥を承知で書き続けますが、準備体操や、走り終わった後のストレッチをしてしまうと、走る前から走ることが不自然なものになるような気がしていたのです。

「意味のない、単調な反復運動として、ごく自然にランニングというものが自分の生活の中にある」という風にしたいなあと思っていました。

普段扱っている古物や、自分の目指している表現に無理やり結びつけて、ランニングにおいても無用の美のようなものを見いだせるのではないかと思っていました。

どうってことのないただの単純作業、ルーティンとしてのロードワークと思い込んで走ることが僕にとっては楽しい時間でした。

ついつい、走ることの意義を考え出す自分の煩悩をなだめつつ、今日は星が綺麗だとか、音がいつもよりくっきり聞こえるとか、寒いのも気持ちいいなあとか、今その時のことだけに集中して走ろうと思っていました。

 

11月の頭は仕事が忙しく、あまり走れませんでしたのでその分12月と1月にたくさん走ろうと張り切っていました。

1日10キロでは物足りなくなって12キロにしたり、もう少し走ってみたり。

7月からはじめて1月までに900キロを自己流で走って体を壊しました。

 

今日行った病院で、椎間板ヘルニアと診断されてしまいました。

がっかり感の親分がやってきたみたいでした。

結局格好ばかりに囚われていたみたいです。

屁理屈こいていました。

 

椎間板ヘルニアの主な原因は一般的に姿勢の悪さ、背筋の弱さだそうです。

へそ曲がりな性格もまっすぐしないといけないと思いました。

自分の身の丈を知って、一からやり直すチャンスだと思うことにしました。

背筋を地道に鍛えながら、姿勢を正し、ウォーキングから淡々とやり直します。

怠っていた体のケア、滞っていたことをオーバーホールして仕事にも励みます。