天文学的数字の中から

去年5月に、自宅件アトリエからほど近い場所に実店舗をオープンしました。

土曜日だけ、ひっそり営業するスタイルの小さな空間です。

これまで作ってきたnijiiroオリジナルのプロダクトやリペアした家具などと一緒に、自分たちが大切にしたいと思える古い道具を並べています。

オリジナルの作品を並べることも勇気が要りますが、自分たちが好きだと思える古いものを並べることも勇気が要ります。

当店にある古い道具のほとんどはガラクタのようなモノなのですが、プチ骨董やお手軽古美術の類もほんの少しですが取り扱っております。

いくらプチ骨董、お手軽古美術品と言えども、扱う以上そのものの時代や、なぜこれがこの値付なのか説明できなくてはなりません。

実際のところ、時代や産地がわからないものも多いですし、値付けについても悩ましいところです。

一般的な相場があるような骨董品、古美術品は一応それなりの情報収集や下調べをして値付けをしていますが、最終的には、自分たちがこれなら買いたいと思える値付けにすべきだと思っています。

いくら相場がもう少し高くても、うちのお店ではこのくらいでないと売れないというものもあります。

あの店では、これくらいの値付けだったから、うちもこのくらいで、と値付けして微動だにしないものものあります。

 

腰が引けた値で安く販売したものが実は高価なものだと後で気づいたりということもありました。

高いものを安く売ってしまうことは、それを買ってくださったお客さんにとって、悪いことではないかもしれません。

しかし、値が安ければ安いほどお客さんにとっていいのかというとむしろその反対で、買ってからも大切にしたいと思える値というものがあるようにも思っています。

そうかと思えば、真贋を間違えて贋作を高く売ってしまい、お客さんに後から返金させていただいたこともございました。

ニセモノを高く売ってしまっては絶対にいけません。

何度かの失敗の度に、自分たちは、物に対して正しい価値判断ができていたのかどうか、繰り返し何度も、辛抱強く、見直すことが必要でした。

時代も分からないものや、他のどの店にもないような残欠品、オブジェ的な古物にしても同じことが言えます。

相場もなく、真贋もない物々を自分のものさしで相応しい価値を示さなくてはいけません。

 

広い宇宙の中で星の数ほどある万物の中から、たまたま、今、自分の手元にあるたった一つの古物。

それをつぶさに観察し、想像を膨らませ自分たちなりの正しくて新しい査定をしたいと思っています。

こうした作業に没頭できる時間が、僕にとっては至福のときであり、わたしたちが慈しみたい仕事だと日々感じています。

「当店にある古い道具のほとんどはガラクタのようなモノ」

と書きましたが、このガラクタという呼び方に僕は一抹の違和感を長い間感じていました。

ガラクタと呼んでは忍びない物々に、僕は他の呼び方を考えました。

それらの名前と共に、来年あたりどこかでnijiiroが提案する新しい古物の見せ方をお披露目する機会が作れたらと考えています。